データで見る貸与型奨学金の返済現状:延滞リスクと卒業後の生活
はじめに
大学教育は、現代社会において個人の可能性を広げ、将来の選択肢を増やす上で重要な役割を果たしています。しかしながら、大学の学費は多くの家庭にとって大きな負担となり得る現実があります。経済的な理由から進学を諦めざるを得ない状況を防ぐため、奨学金制度は不可欠な支援策として広く利用されています。
奨学金制度には主に「給付型」と「貸与型」がありますが、大学進学を希望する多くの学生が利用しているのは「貸与型」です。貸与型奨学金は卒業後に返還(返済)の義務が生じるため、利用にあたっては将来の返済計画を十分に考慮することが重要です。特に、延滞のリスクやそれが卒業後の生活にどのような影響を与えるのかについて、正確な情報を得ることは、奨学金利用を検討する上で極めて大切になります。
この記事では、貸与型奨学金の返済に関する現状を、主に日本学生支援機構(JASSO)などの公的なデータに基づき解説いたします。利用状況、平均的な借入額、返済の状況、そして延滞がもたらす影響について理解を深めることで、大学進学を目指す皆様が経済的な側面も含めてより良い進路選択を行う一助となれば幸いです。
貸与型奨学金とは:基本的な仕組み
貸与型奨学金は、学生本人に学資金を貸し付け、卒業後に学生本人が返還していく制度です。主なものとして、日本学生支援機構の奨学金が挙げられます。日本学生支援機構の貸与型奨学金には、大きく分けて二つの種類があります。
- 第一種奨学金: 無利子で借りられるタイプの奨学金です。学力基準に加え、特に優れた学生であって経済的に困難な状況にある場合に選考されます。返済時には借りた金額のみを返還します。
- 第二種奨学金: 有利子で借りられるタイプの奨学金です。第一種に比べて緩やかな学力基準で利用可能です。在学中は無利子ですが、卒業後、返還が開始される際にその時点の金利が適用されます。
これらの貸与型奨学金は、大学や専門学校などの高等教育機関への進学を経済的に支援するためのものであり、多くの学生にとって進学を実現するための重要な手段となっています。
データで見る貸与型奨学金の返済現状
貸与型奨学金は、卒業後の返還が前提となるため、その返還状況をデータで把握することは、制度全体や利用者の状況を理解する上で重要です。日本学生支援機構が公表しているデータなどを基に、返済の現状を見てみましょう。
- 利用状況: 大学(学部)卒業者のうち、日本学生支援機構の奨学金を利用している学生の割合は、概ね半数程度で推移しています。これは、多くの大学生が経済的な支援を受けながら学んでいる現状を示しています。貸与型奨学金のみの利用者も相当数を占めます。
- 平均借入額: 奨学金の利用額は個人の状況や進学先の種類によって異なりますが、大学(学部)卒業者の平均的な借入総額は、概ね300万円程度というデータがあります。これは卒業後の返還において、まとまった金額を長期間にわたって返済していく必要があることを示しています。
- 返済状況: 多くの利用者は規律正しく返還を行っていますが、残念ながら延滞が発生しているケースも一定数存在します。日本学生支援機構の公表データによると、3ヶ月以上の延滞者の割合は、近年は減少傾向にありますが、依然として一定の割合(例えば数パーセント程度)で存在しています。延滞額の総額も大きな規模に上ります。
これらのデータは、貸与型奨学金が広く利用されている一方で、返済が必ずしも順調ではないケースも存在することを示唆しています。
延滞がもたらす影響
貸与型奨学金の返済が困難になり、延滞が発生した場合、それは単に返済が遅れるだけでなく、様々な深刻な影響を招く可能性があります。
- 延滞金の発生: 返済期日を過ぎると、通常の返還額に加えて延滞金が発生します。延滞金は日数に応じて加算されるため、返済が遅れれば遅れるほど、返済総額が増加してしまいます。
- 督促: 返済が遅れると、日本学生支援機構から本人や連帯保証人、保証人に対して書面や電話による督促が行われます。
- 信用情報機関への登録: 3ヶ月以上の延滞が続くと、その情報が信用情報機関に登録されます。信用情報機関に延滞情報が登録されると、将来的にクレジットカードの新規作成や利用、自動車ローン、住宅ローンなどの様々なローンの審査に通りにくくなるなど、日常生活における信用に関わる様々な活動に影響を及ぼす可能性があります。
- 法的措置: 再三の督促にも応じず、返還が行われない場合、最終的には法的措置(支払督促、訴訟など)が取られることがあります。これにより、財産の差押えなどが実行される可能性もゼロではありません。
- 保証制度への影響: 奨学金には保証制度(機関保証または人的保証)があります。延滞が発生し、本人の返済が困難な場合、機関保証の場合は保証機関が、人的保証の場合は連帯保証人や保証人が本人に代わって返還を行う義務が生じます。これにより、本人だけでなく、保証人にも多大な迷惑や負担をかけることになります。
これらの影響は、卒業後のキャリア形成、結婚や住宅購入といったライフプラン、さらには家族や保証人との関係性にも影を落とす可能性があります。
貸与型奨学金の返済が将来に与える影響
貸与型奨学金の返済は、卒業後の経済状況やライフプランに長期的な影響を与えます。
- 経済的な制約: 毎月の返済額は、卒業後の手取り収入から差し引かれるため、可処分所得が減少します。特に借り入れ額が多い場合や、卒業後すぐに十分な収入が得られない場合には、生活費や貯蓄、自己投資などに回せる資金が限られてしまう可能性があります。
- キャリア選択: 返済負担が大きいことが、安定した収入を得られる職種や企業への就職を強く意識させ、本来興味のある分野やリスクを伴う挑戦(起業など)を選択しにくくする可能性も指摘されています。
- ライフイベントへの影響: 結婚資金、出産費用、子育て費用、住宅購入の頭金など、人生の大きなライフイベントにはまとまった資金が必要となることが多いです。奨学金の返済があることで、これらの資金準備が遅れたり、計画に影響が出たりする可能性があります。
これらの影響は、個人の選択や人生設計に影響を与え、結果として経済的な格差を再生産する要因の一つとなりうる側面も無視できません。奨学金は進学の機会を提供しますが、その後の返済負担が、新たな経済的困難や将来の可能性の制約につながる可能性があるのです。
返済負担を軽減するための選択肢
返済が困難になった場合に利用できる制度や選択肢も存在します。これらは返済の延滞を防ぐためにも重要な情報です。
- 減額返還制度: 月々の返還額を減らすことができる制度です。一定期間、返還月額を当初の2分の1または3分の1に減額できます。これにより、一時的に収入が減少した場合などの負担を軽減できます。
- 返還期限猶予制度: 病気や災害、失業、経済困難など、返還が困難な事情がある場合に、一定期間返還を待ってもらえる制度です。この期間中は返還も延滞金も発生しません。
- 所得連動返還方式: 2017年度以降に第一種奨学金の貸与を受けた方が選択できる方式で、前年の所得に応じて毎月の返還額が決まります。これにより、所得が低い時期の返済負担が軽減されます。
- 繰上返済: 経済的に余裕があるときに、月々の返還額以上の金額を返還したり、まとめて一部または全額を返還したりすることができます。これにより、返還期間を短縮し、第二種奨学金の場合は利息負担を軽減できます。
これらの制度を適切に利用することで、返済が困難な状況を乗り越え、延滞を防ぐことが可能です。
まとめ
貸与型奨学金は、経済的な理由で大学進学を諦めることのないようにするための重要な支援制度です。多くの学生がこの制度を利用して高等教育を受けており、その恩恵は計り知れません。
一方で、貸与型奨学金はあくまで「借金」であり、卒業後には長期にわたる返済義務が生じます。データが示すように、一部には返済に困難を抱え、延滞に至るケースも存在します。延滞は、信用情報への影響や法的措置の可能性など、将来の生活に深刻な影響を及ぼすリスクを伴います。
大学進学にあたり貸与型奨学金の利用を検討する際には、借り入れ額だけでなく、将来の収入予測に基づいた具体的な返済計画を立てることが非常に重要です。また、返済が困難になった場合に利用できる減額返還制度や返還期限猶予制度など、支援機構が設けているセーフティネットについても事前に確認しておくべきです。
経済的な背景が大学教育へのアクセスやその後の人生設計に影響を与える「学びの格差」は依然として存在します。奨学金制度はこの格差を是正する一助となりますが、利用者はそのメリットとデメリット、特に返済の現実とリスクを冷静に理解し、賢く利用していく必要があります。この記事でご紹介したデータと情報が、奨学金利用を検討されている高校生やその保護者の皆様の判断の一助となれば幸いです。